マスクの着用について

久しぶりにFaceBookを開きました。
FacebookはNZに在学中に開設して、今は個人の投稿としてはほとんど利用していませんが、NZにいる間に出会った友人や大切な人の現状を知ったりする上で、必要なツールとして残しています。
NZでお世話になったホームステイ先のママは、他人の私に対していつも友人のように、娘のように接してくれて、何度も心に残るような経験や意見をくれました。

久しぶりに開いたFaceBookで見たママの投稿もまたすごく素敵だったので、以下引用して記載します。

I have absolutely no qualms about doing my bit and when I wear a mask in public and in the shops, I want you to know that…
私は共の場や店内でマスクを着用することに関して、個人個人ができるだけのことをしていることをなんとも思っていなかった。以下のことを知ってほしい…

●I’m educated enough to know that I could be asymptomatic and still give you the virus.
無症状で、それでもウイルスを与える可能性があることを知るための教育を十分に受けている

●No, I don’t “live in fear” of the virus, I just want to be part of the solution, not the problem.
ウイルスを”怖れて生きる”わけではなく、私は問題にではなく、解決策の一つとなりたい。

●I don’t feel like the “government controls me”. I feel like I’m an adult contributing to security in our society and I want to teach others the same.
”政府が私を制御している”とは感じていない。私は一人の大人として私たちの社会への安全に貢献していて、他の方にも同じように伝えていきたい。

●If we could all live with the consideration of others in mind, the whole world would be a much better place.
もし私全員が他人への思いやりを持って生きることができれば、世界全体がもっといい世界になる。

●Wearing a mask doesn’t make me weak, scared, stupid or even “controlled”.It makes me caring!
マスクを着用することは弱いことでも、恐れていることでも、愚かなことでも、ましてやコントロールされてのことではない。それは思いやりです!

●When you think about your appearance, discomfort, or other people’s opinion of you, imagine a loved one – a child, father, mother, grandparent, aunt, uncle or even a stranger – placed on a ventilator, alone without you or any family member who is allowed at their bedside.
あなたが外見や、不快感、周りの意見について考えてしまう時、愛する人を想像してください ー子供、お父さん、お母さん、祖父母、叔母、叔父、隣人ー ベッドサイドに人工呼吸器が置かれ、あなたやその人の家族ですらそばにいることができず、たった1人になるのです。

●Ask yourself if you could have helped them a little while wearing a mask
自分自身に問いかけてみてください。マスクをしている間に少しでも彼らを助けられるかもしれません。

翻訳ってちゃんと文字に起こしてしたことなかったから、なんか日本語変ですが。。
世界中で広がり続けるコロナウイルスとその感染防止対策の一つとしてあげられているマスクの着用について。

やっぱり何事も自分自身できちんと正しい情報を知り、考え、対策をしていくということと、想像力を働かせていかないといけない。
そう思いました。

もし私が感染していたら・・・
もし私が感染してしまったら・・・
もし私が誰かに感染させてしまったら・・・

私1人が感染しないことで、
今必死で頑張って下さっている医療関係者の方々を救うことになれば。
私の周りの人たちの心配がひとつでも減れば。

長いようで短い人生の中で、
素敵な家族に出会えたことに感謝しなければ。

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